ここは 鹿児島県南九州市頴娃町。
いぶすきぐん、えいちょうってすんなり読める人は相当鹿児島通の人ですよね。
鹿児島県内の人や出身者の人は別として、私達はこの町に移住を決める数週間前まで
名前すら聞いたことがありませんでした。
頴娃町は薩摩半島の南端で、砂蒸し温泉で有名な指宿市や太平洋戦争末期の特攻基地で有名な知覧町、カツオの水揚げ基地で有名な枕崎市と燐接し、東に開聞岳、南に東シナ海を望む風光明媚な町です。
人口約1万5千人で毎年200人程度人口が減っているいわゆる過疎の町です。
広い農地にお茶やサツマイモなどの大規模な農家が多く、過疎のイメージには程遠いのですが、高齢化と後継者不足による人口減少は毎年続いているようです。
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茶どころ頴娃町 |
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頴娃町を初めて訪れたときに驚いたのは、町に入っていきなり現れる、延々と連なる茶畑と霜除け用のファンが林立する景色でした。ここを訪れる以前には、茶畑と言うと東海道新幹線で熱海を過ぎた辺りから、ちらほら見える茶畑の姿しか見たこと無かったので、なだらかに海へと傾斜しながら広がる茶畑の姿は感動的でした。
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頴娃町に住んでみて改めて茶畑の多さには驚きます。大規模な物から100坪程の小さなものまでいたるところに茶畑を見ることが出来ます。なにせ頴娃町の農作物の生産高のトップは茶であり、100億円近い生産高をあげる重要作物となっているのです。
しかし、恥ずかしながら関東出身の私は全く頴娃茶の存在を知りませんでした。
同じ九州の出身である家内でさえお隣の知覧茶は知っていたが頴娃茶は知らないとの有様でした。
真偽の程は定かではないのですが、聞くところによると頴娃茶はOEMで静岡茶として売られているとの事。
静岡茶の主原料は頴娃茶ってことなんでしょうか?
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頴娃町の子供たち |
町に移住を決めた99年の年末、借家を探すため2度目に町を訪れたときの事、役場の人に案内されて訪れた町営住宅が小学校のすぐ近くで通学路になっていたらしく下校途中の小学生が何人も近くを通りました。
驚いたのは通るどの子供も見知らぬ私達に、「今日は」と挨拶するのです。最初はしつけの良い子もいるものだと思っていたのですが、完璧にどの子供も挨拶して行くのにはさすがに驚きました。昭和60年代生まれの私が子供だった頃は結構当たり前だったのですが、最近の都会ではすっかり見られなくなってしまった純朴な子供の姿に感動を覚えました。
都会の道で会った子供に、こちらからでも挨拶したらどうなるでしょうか?
物騒な世の中。「知らない人と口を聞いてはいけません」としつけられている都会の子供なら胡散臭い目で見返すのではないでしょうか^^;近くに親でもいようものなら変質者に間違われ慌てて子供を抱いて逃げ出す母親の姿が想像されるのです。
いまだ農村の大家族制度を残す地方では家や近所に老人がたくさんおり、子供に対する当たり前のしつけが行き届いているのではないでしょうか。末永くこのような姿が残って欲しいものです。
ただ、頴娃町から都会に出て行った若者達は決して都会で気安く道行く子供に声を掛けないようにした方が無難かもしれませんよね。危ない人と思われても仕方ない世の中ですもの。
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